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気分障害と生体リズムの関係、時間生物学的アプローチによる治療の可能性
2025.07.052025.07.05
季節性感情障害、うつ病、不眠症・睡眠障害
気分障害と生体リズムの関係とは
うつ病や双極性障害などの気分障害には、症状の出現や変動に一定の周期性が見られることが知られています。たとえば「メランコリー型うつ病」では、朝方に症状が強まり、夕方になると軽減する「日内変動」がしばしば観察されます。双極性障害では、気分が異常に高揚する躁状態と、意欲の低下や無気力に支配される抑うつ状態が繰り返し交互に出現するという特徴があります。
また、気分障害の中には、特定の季節に悪化・寛解を繰り返すタイプもあり、こうした周期的な症状の背景には「生体内時計(生物時計)」の異常が関与しているのではないかと指摘されてきました。本稿では、気分障害における概日リズム(サーカディアンリズム)の異常に注目し、それに基づく「時間生物学的治療」の有効性と実践的アプローチについて解説します。
気分障害と概日リズムの異常
1. 概日リズムの位相変化
生体リズムに関する精神医学的研究は1960年代から始まりました。初期の研究では、うつ病患者において体温や心拍、ホルモン分泌などの生理的リズムが、一般よりも「前倒し(前進)」になる傾向があることが示されました。
たとえばWehrらの研究では、うつ病では深部体温やコルチゾール分泌、尿中カリウムの排泄リズムが日常生活に対して前倒しになっているとされ、極端な早寝・早起きによってこのズレを修正する「位相前進療法」が有効であると報告されています。
ただし、すべての症例に当てはまるわけではありません。特に双極性障害や季節性感情障害(SAD)では、「位相の後退」…つまりリズムが通常よりも遅れている例も多く報告されており、近年ではリズムの「変異の大きさ」や「不安定さ」自体が重要視されています。
Robillardらは、単極性うつと双極性障害患者を比較し、双極性の方がメラトニン分泌の開始時刻(DLMO)がより遅れ、かつ分泌量も低下していることを示しました。躁状態の患者についてもMoonらの研究で、躁状態ではリズムが約7時間前進し、うつ状態では4〜5時間後退するなどの大きな変異がみられ、症状の改善とともにリズムも正常化することが確認されています。
このような位相変化の背景には、気分障害患者が光刺激に対して過敏であること…つまりメラトニン分泌が光によって過度に抑制されやすい特性があることが、素因として考えられています。
2. 振幅の低下
気分障害では、リズムそのもののタイミング(位相)だけでなく、変動の「大きさ(振幅)」も異常をきたすことが知られています。特に双極性障害では、深部体温やホルモン(コルチゾール、メラトニン、TSHなど)の分泌リズムの振幅が低下する傾向があり、Souetreらの研究でも、うつ病患者ではこうした指標の振幅が有意に低く、寛解後には健常者と同等に戻ることが確認されています。
このことから、生体リズムの振幅低下は「状態依存的」な変化と考えられており、抗うつ薬や電気けいれん療法(ECT)などの治療によって正常化することが報告されています。
時間生物学的治療(Chronotherapeutics)
気分障害における生体リズムの異常に対して、近年注目されているのが「時間生物学的治療」と総称される治療法です。これは体内時計のリズムを直接的に調整することによって、症状の軽減を目指すアプローチであり、主にヨーロッパを中心に実践・研究が進んでいます。
1. 高照度光療法(Bright Light Therapy:BLT)
BLTは1980年代に季節性感情障害(SAD)への治療として開発され、現在ではその第一選択とされています。早朝に2,500~10,000ルクスの強い光を30分〜2時間照射することで、数日以内に効果が現れることが多いです。
照射の中止で再燃することもあり、冬季は継続的な治療が推奨されます。SADに限らず、月経前不快気分障害やアルツハイマー型認知症などにも応用されており、非定型的なうつ症状にも有効とされます。
作用機序は完全には解明されていませんが、概日リズムの位相を「前進」させる効果が最も重要視されており、リズムの後退を是正することで抑うつ症状が改善する可能性が示唆されています。また、視交叉上核を介した脳内リズム調整だけでなく、網膜から辺縁系への光刺激伝達が情動に直接作用しているという動物実験の報告もあります。
さらに、トリプトファン代謝の関与などモノアミン系への影響も考えられており、クロノタイプ(個人の時間特性)によって治療反応性が異なることも報告されています。
2. 覚醒療法(Wake Therapy:WT)
断眠療法として知られるこの方法は、1970年代に登場し、「一晩眠らせない」ことでうつ症状を軽減させるという極めて即効性の高い治療法です。有効率は60%前後で、副作用も少ない一方、効果が一過性である点や、再就寝により症状が再発しやすいという課題がありました。
現在は「覚醒療法」と呼ばれ、より積極的・計画的に他の治療(BLT、抗うつ薬、炭酸リチウムなど)と併用するプロトコルが確立されつつあります。特にイタリアの研究チームが実施したプロトコルでは、1日おきに3回の断眠を行い、BLTとリチウムを併用することで、双極性障害患者に対して約7割の改善率が報告されましたが、個人での独断の判断は禁物です。
治療反応性の予測には、日内変動の有無、夜型クロノタイプの存在、時間感覚の変調などが関与しているとされます。作用機序には、モノアミン系の活性化、甲状腺ホルモンの上昇、血清BDNF濃度の増加などが挙げられ、NMDA受容体拮抗薬ケタミンとの類似性から、グルタミン酸系の関与も示唆されています。
おわりに
気分障害の治療は、単に薬物療法にとどまらず、生体リズムへの理解とアプローチによって大きく進化しています。特に高照度光療法や覚醒療法といった時間生物学的治療は、従来の方法では十分な効果が得られなかったケースにも新たな可能性をもたらします。今後は、個々人のリズム特性や光感受性などを考慮した、よりパーソナライズドな精神医療の展開が期待されます。
参考文献
- 内山 真(2011).再び初心に.時間生物学, 17(2), 59–60.
https://doi.org/10.20709/chronobiology.17.2_59 - 元村 裕貴(2016).睡眠・概日リズム機構が気分調節に及ぼす影響とその神経基盤.時間生物学, 22(1), 29–36.
https://doi.org/10.20709/chronobiology.22.1_29 - 越前屋 勝(2007).うつ病の時間生物学的治療:光療法と睡眠療法.睡眠医療, 2(1), 14–22.
https://doi.org/10.11210/soam.2.14 - Pflug B., Tölle R.(1971).Therapeutischer Schlafentzug bei depressiven Patienten(Depressionに対する治療的断眠)
※邦訳および要約は:越前屋 勝(2007)の同上文献に含まれます。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など
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