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身体的不定愁訴をどう理解するか|生物心理社会の視点からみた心と身体のつながり

2025.10.112025.10.11

精神科・心療内科、心理面・思考

身体的不定愁訴とは何か

「身体的不定愁訴(身体症状があるが医学的な裏付けが十分得られないもの)」は、診療現場では決してまれではなく、患者さんが苦痛を訴えるにもかかわらず、検査や診察で明確な異常が見つからないケースは少なくありません。

たとえば、英国での調査では、成人の約27%が“医学的には説明困難な身体症状”を経験したことがあるという報告もあります(ただし「経験」の定義や調査対象による差異あり)。

こうした症状は、患者にとってつらいだけでなく、医療資源の過剰使用(重複検査、専門医受診の繰り返しなど)を招きやすく、医療者にとっても扱いが難しい課題となります。従来、「心因性」「心身症」「仮面症候群」などという呼称が使われてきましたが、近年は DSM-5 で「somatic symptom disorder(身体症状症)」などと位置づけを変えており、必ずしも「異常所見なし = 精神疾患」という二分法で捉えない考え方が重視されつつあります。(American Academy of Family Physicians)

こうした背景をふまえ、患者訴え(主観的苦痛)を軽視せず、統合的な理解と治療を志向するモデルとして、生物-心理-社会モデルがよく用いられます。

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生物-心理-社会モデル(Biopsychosocial Model)の枠組みと身体的不定愁訴への応用

モデルの基本構造と、身体・心理・社会要因の整理

生物-心理-社会モデルは、1970年代に George Engel らが提唱した枠組みで、単に身体(生物学的要因)だけでなく、心理的・社会的要因を含めて「人間を全体として理解・治療すべきだ」という考え方です。(Karger Publishers)

このモデルでは、病気や症状を以下の三つの次元で捉え、それらが相互に作用するものと考えます

  • 生物的要因(Biomedical / Biological)
    例:遺伝的素因、生理的感受性、神経・内分泌・免疫機構、炎症、身体器官の軽微な異常、末梢・中枢神経系の感作(センシティゼーション) など
  • 心理的要因(Psychological)
    例:症状に対する注意・拡大解釈、破局的思考、健康不安、感情抑制、認知的バイアス、対処様式、過去のトラウマなど
  • 社会的・環境的要因(Social / Contextual)
    例:家族・人間関係、文化的信念、社会的サポート、ストレス要因(職業・経済・生活環境)、養育歴、医療対応(医師との関係、医療制度)など

これらの要因は、発症前からの脆弱性(体質・人格・生活歴)を背景に、誘因(ストレス、感染、けがなど)と維持因(回避行動、治療アクセス、過剰検査など)を通じて、症状の発症・慢性化・増悪を形づくると考えられます。(PMC)

特に身体的不定愁訴においては、単なる除外診断(「異常なものがない」ことを確認するだけ)にとどまらず、訴えられる身体感覚を生みだす心理的・社会的背景を理解し、治療へつなげていくことが求められます。

身体的不定愁訴に関わる要因(モデルの各側面から)

以下、それぞれの次元でどのような因子が想定されるか、実証的知見を交えて述べます。

生物的要因

  • 感受性や知覚過敏(感覚増幅:“somatosensory amplification”)
    軽微な身体シグナルを過敏に感じ取りやすい傾向があり、無害な体内変化も痛みや不快感として認識されやすくなる可能性があります。(ウィキペディア)
  • 中枢・末梢神経系の感作(センシティゼーション)
    慢性疼痛領域でよく議論されますが、刺激閾値が低下し、通常無害な刺激も痛み信号として拡大される機構が働くことがあります。
  • 炎症・免疫応答、交感神経/副交感神経バランス、自律神経機能異常
    ストレス応答系(HPA軸、交感神経活動など)が過剰反応または調節不全を来すと、全身的な症状(疲労感、頭痛、めまいなど)を誘発したり持続したりしやすくなる可能性があります。
  • 併存する器質的・慢性疾患
    たとえ主訴と直接関連のない基礎疾患を有していたとしても、それと症状が結びつけられてしまうことがあり(またはその治療が症状を悪化させうる)、モデルの一部として扱う必要があります。
  • 遺伝的素因・発達要因
    体質的な弾力性・生体調節能力、発達期におけるストレス応答機構の形成などが、後年の感受性や耐性を左右する要因となります。
  • 医原性・検査・治療介入の影響
    過度な検査や医療介入(不必要な処置、説明・処遇のずれ)が、かえって患者の症状への注意を強め、慢性化を助長する可能性があります(いわゆる「医原性悪化」もモデルに含める視点があります)。(PMC)

これらの「生物的下地」が、心理・社会的要因と相互作用することで、身体的不定愁訴として表出しやすくなります。

心理的要因

心理的要因は、身体感覚を認知・解釈し、行動選択を仲介する重要な役割を担います。以下のようなものが挙げられます。

  • 症状に対する選択的注意・身体意識過剰
    特定の部位や感覚に過度に注意を向け、それを強調して知覚しやすくなる傾向。
  • 増幅的解釈/破局的思考
    「ちょっとの痛みでも重篤な病気かもしれない」といった拡大解釈や、不安な予測(“このまま悪化するに違いない”)を抱きやすい思考スタイル。
  • 健康不安・過剰な検査・再保証探索行動
    症状に関して情報を探したり、医療提供者から確認を得ようとしたりする行動が、逆に症状フォーカスを強化するループを作ることがあります。(openstax.org)
  • 回避行動・安静傾向
    「動くと悪化するかも」という信念から、日常活動を控える➡筋力低下、循環低下、社会参加減少➡症状維持や悪化を招く悪循環。
  • 感情制御困難・抑うつ・不安
    抑うつや不安症状を伴うことが多く、それらが身体症状を増幅・持続させる役割を果たす可能性があります。心理学的リスク因子の研究でも、抑うつ・不安が重要なモジュレータであることが示されています。(サイエンスダイレクト)
  • コーピング戦略の偏り・自己効力感低下
    対処手段が限定的であったり、不適応な方法(過度な安静・回避・過剰投薬など)を選びやすかったりする。
  • 信念・価値観・意味付け
    例えば「体は常に完全でなければならない」「痛み=病気」などの強い信念や、「弱さを見せられない」「医師に頼ってはいけない文化」などの個人・文化的価値観も症状理解に影響します。
  • 予測符号化理論との接点
    近年、予測符号化(predictive coding)の枠組みを用いて、脳が既存の信念・経験から将来の身体状態を予測し、実際の感覚入力との差(予測誤差)を最小化しようとするプロセスが、慢性身体症状の持続に関与する可能性が論じられています。たとえば、「痛みを感じる」予測が強固に構築されてしまうと、それが入力によらず持続的に知覚を引き起こすことがある、という考え方です。このような視点を取り入れることで、「なぜ患者はそこまで痛みや不快感を感じ続けるのか?」という問いに、従来より精緻な説明軸を与えることができます。

社会的・環境的要因

  • 家族・養育歴・育児環境
    幼少期からのストレス、虐待・ネグレクト、親の病気経験、家族の身体訴えモデル(身近な人がよく病気を訴える傾向)などが脆弱性を高める可能性があります。(American Academy of Family Physicians)
  • 社会的支援・孤立
    社会的孤立や人間関係ストレスが背景にあると、心理的な緩衝因子が弱まり、症状悪化につながる可能性があります。
  • 文化・信念・価値観
    身体症状を訴えることの受容度、医療観、身体・痛みに対する文化的解釈(たとえば「弱さ・病気を他人に見せてはならない」など)も影響し得ます。
  • ストレス・ライフイベント・社会的負荷
    仕事・家庭・経済・人間関係などのストレスが誘因となりうるだけでなく、慢性ストレスが身体調節系(自律神経・ホルモン系)に負荷を与えることで症状維持を助けることもあります.
  • 医療・制度・対医関係
    診療スタイル、医師との信頼関係、医療アクセス、検査依存体制、医療費負担などが、患者の行動選択や訴えの強さ・持続に影響を及ぼします。特に、医療者・患者間で症状の意味づけや因果理解のギャップがあると、治療協調を妨げることがあります。(PMC)

苦痛軽減と治療効果を高めるための実践的アプローチ

生物-心理-社会モデルを理解した上で、実際の臨床や治療をどのように設計・運用すればよいかを、ステップ的に整理します。

治療設計における基本的姿勢

  1. 説明と理解の共有
    患者が訴える苦痛を否定せず、「症状がリアルであることをまず認める」ことが重要です(ラベリングせず、「心の問題だ」と切り捨てない)。
    そのうえで、生物・心理・社会の要因が複雑に絡んでいる可能性を丁寧に説明し、患者と治療者が共通理解をもつことが、治療の土台となります。
  2. 段階的アプローチ
    急性期➡安定期➡維持期という時間軸を持ち、それぞれで焦点を変えて介入する(例:まず痛み軽減➡次に行動改善➡最終的に予防と再発防止など)。
  3. 多職種・統合的介入
    内科医、精神科医、心理療法士、リハビリテーション専門家、ソーシャルワーカーなどを調整して、包括的アプローチを行う。(Frontiers)
  4. モニタリングとフィードバック
    症状、心理状態、行動変容、生活機能などを定期的にモニタリングし、介入効果を振り返りながら治療方針を調整する。

具体的治療手段および介入戦略

以下に、各次元を意識しながら、具体的に使える介入手段を列挙します。

①生物的・身体的側面への対応

  • 適切な医学的評価とフォロー
    まずは必要な検査・診察を行い、除外診断を丁寧に行う。ただし過剰検査に陥らないように注意し、検査負荷・副作用リスクも念頭におく。
  • 身体機能リハビリテーション
    徐々に運動量を戻す運動療法、ストレッチ、物理療法(温熱・電気刺激など)を導入し、身体機能の改善を図る。
  • 睡眠・栄養・休息の管理
    十分な睡眠・適切な栄養・休息スケジュールを整えることは基本だが、これが整わないと症状の閾値が下がりやすくなる。
  • 薬物療法(補助的役割)
    身体症状そのものを直接ターゲットにする薬物は慎重に使う必要がありますが、併存する不安・抑うつ症状、睡眠障害などが明らかなら、それらを標的にする薬物治療を併用することがあります。ガイドラインでも、心理療法との併用を前提とすることが多いです。(indianpsychiatricsociety.org)

②心理的側面への介入

心理療法は、不定愁訴領域では特に重要な役割を果たします。以下の手法が比較的エビデンスをもっています。

認知行動療法(CBT)

最も研究実績が多く、身体症状軽減や心理機能改善に有効とするメタ解析も複数あります。(サイエンスダイレクト)

主な介入要素としては

  • 症状に対する認知(破局思考、拡大解釈の修正)
  • 注意再配分(身体感覚への過度の注意を抑える訓練)
  • 行動活性化・段階的活動再開
  • 不適応行動(回避・安静・再保証探索など)の見直し
  • マインドフルネスや受容的アプローチを取り入れた variant(Acceptance and Commitment Therapy:ACT など)も近年有望とされています。(Frontiers)
  • グループ療法・集団形式も、症状軽減において有益であるという報告もあります。(PMC)

ただし、CBT の効果は「大きい」ものではなく、「小〜中程度」という評価が多く、補助的介入と位置づけられることが一般的です。たとえば、成人における身体症状軽減のRCTレビューでは、通常ケアとの比較で若干の改善を示すという報告もあります。(Lippincott)

また、遠隔 CBT(オンライン CBT)も、対面 CBT と大きな差がないという研究も出始めています。(PubMed)

  • 早期心理介入
    発症初期、または可逆期に心理的介入を行うことにより、慢性化を予防する試みも注目されています。ただし、系統的レビューでは確固たる効果を支持するエビデンスはまだ限定的という見方もあります。(PMC)
  • マインドフルネス・受容ベース介入
    自己観察・非評価的受容、現在‐ここに注意を向ける訓練は、身体感覚の反応性を抑え、ストレス緩和と疼痛知覚の緩和を通じて有益である可能性があります。(Frontiers)
  • ストレスマネジメント/レラクセーション法
    漸進的筋弛緩、呼吸法、心身リラクゼーション訓練などは、交感神経緊張を減らし、全身状態を安定化させる補助的手段として用いられます。
  • 心理教育(Psychoeducation)
    生物-心理-社会モデル的な理解、症状モデルの説明、予後見通し、治療戦略の枠組みなどを患者に説明し、病態理解と能動的参加を促す。これにより無駄な検査追従を抑えたり、治療モチベーションを高めたりできます。

③社会的・環境的介入

  • ソーシャルサポート強化
    家族療法、家族教育、グループ支援、ピアサポートなどを通じて、患者が孤立しないよう支援する。
  • 職場・生活環境調整
    勤務時間・仕事内容・休息の見直し、ストレス因子の低減、役割調整支援など。
  • 対医関係改善・治療統合
    医師–患者間コミュニケーションを重視し、患者の訴えを正当に受け止めつつ、無用な対立を避け、治療共同体を維持する。説明責任(説明可能性)を果たすことが、治療協働性を支える。
  • 制度・政策的支援
    医療アクセス、通院負担、医療費補助、心理療法保険適用、患者支援制度などの環境整備も、間接的に治療効果を支えます。

治療効果を最大化するための工夫・注意点とは

  1. 治療の段階性と個別化
    患者ごとにどの要因が支配的かは異なるため、心理的因子に焦点を当てるべき人、運動再開支援が鍵となる人などを見極め、重点を変える必要があります。
  2. 耐久性と再発予防の観点
    多くの心理介入研究では中期フォローアップ(3〜12か月程度)で効果が観察されているものの、それ以上の長期持続性や再発防止を重視した設計が今後の課題とされています。(PMC)
  3. 治療モチベーション・治療参加性(アドヒアランス)
    患者が治療に参加したくなるような目標設定、段階的目標、自己効力感の強化、早期成果体験(小さな改善)を意図的に設計することが肝要です。
  4. 過剰医療介入・検査依存の制御
    医療-心理-社会の統合的視点を欠くと、検査追従や専門医紹介のループに陥りやすく、かえって症状フォーカスを強めてしまうリスクがあります。医療者側も慎重な対応が求められます。(PMC)
  5. 視点転換支援(メタ認知的介入)
    「自分の身体感覚・思考を眺める」姿勢を育て、感覚に振り回されにくくする訓練(気づき・メタ認知的視点)を取り入れることも有用です。特に予測符号化モデルを意識する介入設計では、この視点が鍵になる可能性があります。

現状のエビデンスと課題・今後の方向性

エビデンスの現状

  • 多くの研究・メタ解析は、認知行動療法(CBT)が身体症状の軽減・心理機能改善に小〜中等度の効果をもつことを支持しています。(サイエンスダイレクト)
  • 一部では、マインドフルネス/受容ベース介入も有効性を示す報告があります。(Frontiers)
  • 遠隔 CBT(オンライン形式)は対面 CBT と大きな差を示さないという研究成果もあります。(PubMed)
  • ただし、早期介入の有効性を検証した研究はまだ限られており、慢性化防止と長期維持という観点でのエビデンスは十分とは言えません。(PMC)
  • また、実臨床での統合的モデル実践(生物・心理・社会をバランスよく介入する体制づくり)の報告は、理論的議論に比べてまだ十分とは言えず、実装面での課題があります。(Karger Publishers)

課題と今後の方向性

  1. 長期追跡研究の強化
    短期〜中期効果は報告が増えていますが、5年・10年レベルでの維持性・再発予防性を検証する研究がまだ不足しています。
  2. 統合モデル介入の検証
    単一心理療法ではなく、生物・心理・社会要因を包含する統合治療パッケージ(たとえば、運動療法 + CBT + 家族介入 + 社会支援)を検証する試みが今後要望されます。
  3. 予測符号化モデルや神経ネットワーク視点の応用
    脳機能・神経回路モデル、脳ネットワーク(例:デフォルトモードネットワーク、前頭前野‐島皮質連関など)を症状モデルに取り込んだ研究が進んでおり、将来的にはより精緻な個別化モデルへとつながる可能性があります。
  4. 実践への展開・普及
    診療現場での制約(時間・人手・資源)を越えた実用モデル(簡便スクリーニング、短時間介入、ICT 支援など)の開発と評価が求められます。
  5. 文化・個別差の考慮
    文化的背景、言語感性、価値観・身体観念の違いを取り込んだモデル化が必要です。特に東アジアなどでは、心理的訴えより身体訴えが強調されやすい傾向も報告されており、文化感受性をもつ介入設計が重要です。

さいごに

身体的不定愁訴に対して、生物-心理-社会モデルは、患者の主観的苦痛を尊重しつつ、複数の因果要因を総合的に扱う枠組みを提供します。このモデルに立脚すれば、単なる除外診断を超えて、説明共有・心理介入・行動変容・社会支援を組み合わせた治療設計が可能になります。

ただし、万能なモデルというわけではなく、現時点ではエビデンスも限定的な部分が多く、実践と研究のギャップも残っています。そのため、臨床家としては慎重かつ柔軟にモデルを適用し、個別化・段階化・モニタリングを行いながら改善を目指すことが肝要です。

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野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など

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