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双極性障害の境界領域をめぐって「正常・異常・個性の交錯する空間とは」
2025.05.082025.05.09
双極スペクトラム、自閉症スペクトラム・ASD、双極性障害・躁うつ病、大人の発達障害・ADHD
はじめに
私たちの感情には日々揺れ動くものがあります。楽しい出来事で気分が上がったり、嫌なことがあると沈んだりするのはごく自然なことです。ただ、その気分の変動がとても大きかったり、長く続いたりする場合には、何らかの「気分障害」が関係している可能性もあります。
精神科では、こうした状態に対して薬を使った治療が行われることがありますが、特に症状がまだ軽い段階では、薬の使用について慎重に考える必要があります。
現在の精神医学では、診断基準は一定のルールに基づいて決められている一方で、「正常」と「病気」の境界は連続的なもので、明確に線を引けるわけではありません。
なかでも「双極性障害」は、いわゆる“気分の波”が大きくなる疾患ですが、最近では「双極スペクトラム」という考え方が注目されています。これは、病気とまではいえないけれど、気分の振れ幅がやや大きかったり、感情が不安定になりやすかったりする人たちも含めて考えていく枠組みです。
本稿では、双極スペクトラムの中間的な領域に目を向け、最近の研究の流れや、治療にまつわる倫理的な課題についても一緒に考えてみたいと思います。
Ⅰ. 正常と病気のあいだにあるもの
双極性障害の早期発見や予防を目指す研究は進んでいますが、発症の前兆や「高リスク状態」と呼ばれる段階について、まだ明確な基準が定まっているとは言えません。遺伝の影響が大きいとされるため、家族に患者さんがいる場合には注意が必要とされていますが、それでも発症に至るケースはすべてではありません。
例えば、リスクが高いとされる15~25歳の若者を10年以上追跡したある研究では、実際に双極性障害を発症したのは約3割弱でした。
また、抑うつや不安、睡眠の乱れ、感情の不安定さといった症状は誰にでも起こりうるものであり、必ずしも双極性障害のサインとは言いきれません。ただし、ADHDや軽い躁状態がみられる場合には、より関連性が高いと考えられています。
Ⅱ. 発達特性とのつながり
ADHD(注意欠如・多動症)を持つ子どもは、大人になる過程でうつ病や不安障害、さらには双極性障害を発症するリスクが高いという報告があります。特に注意力の波や衝動性、感情のゆれなど、いくつかの特徴が双極性障害と重なる点が指摘されています。
しかし、「うつがあるから将来は双極になる」といった単純な見方は避けるべきでもあります。また、自閉スペクトラム症との違いや重なりもあり、診断には注意が必要です。こうした発達特性と気分の問題の関係性は、想像以上に複雑で個人差も大きいため、慎重な対応が求められます。
Ⅲ. パーソナリティとスペクトラムの視点
従来の精神医療では、「この症状があればこの病気」というように、病名によって分ける“カテゴリー診断”が一般的でした。しかし、気分のゆれや衝動的な行動などは、誰にでもある程度みられるもので、明確な境界を引くのは難しいのが現実です。
このような背景から、「双極スペクトラム」という考え方が広がってきました。たとえば、境界性パーソナリティ障害との区別が難しいケースもあり、診断が途中で変わることもあります。また、気分の浮き沈みが比較的軽い人でも、感情が敏感だったり、気質として波がある人たちは、このスペクトラムに含まれると考える意見もあります。
Ⅳ. 創造性との意外な関係
双極性障害は、創造性との関わりでも関心を集めています。リスクを伴う疾患である一方で、芸術的な才能をもつ人の家系にこの障害が多くみられるという報告もあります。感受性の高さやエネルギッシュな時期が、創作活動に良い影響を与える場合があるというわけです。
実際、双極症を抱える人の中には、自分の気分の高まりや豊かな感受性を「自分らしさ」として受け止め、大切にしている人もいます。そのため、「薬でその感覚が失われるのでは」と不安に思い、治療に消極的になることもあります。
しかし、治療せずに放置した場合には、自殺リスクの上昇など重大な危険を伴う可能性があります。だからこそ、本人の特性を大切にしながら、必要な治療をどう進めていくかを一緒に考えることが大切です。
Ⅴ. 医療と個人のあいだで
精神科では、「医学的な事実」と「患者さんの価値観」とがぶつかる場面もあります。一人ひとりの症状の感じ方や大切にしているものは異なり、医療者側の知識や判断だけでは不十分なこともあります。
神経科医オリヴァー・サックスが記録した「機知に富むチックのレイ」という事例では、チック症状を抑える薬によって彼の創造性が失われ、結果的に生活の満足度が下がってしまいました。これは、治療によって何を得て、何を失うのかという問いを改めて投げかけています。
双極性障害でも同じように、感情のゆれを持ちながらも自分らしく生きたいと考える人にとっては、単に症状を抑えることだけが治療のゴールではありません。医学的な安定と、個人の生き方とのバランスを大切にすることが求められます。
マニュアルだけでは語れないもの
治療ガイドラインは大切な指針ですが、それは「誰にでも同じ対応をすればよい」という意味ではありません。特に、双極スペクトラムのようにグレーゾーンが広がる領域では、一人ひとりの背景や感じ方に寄り添った柔軟な対応が必要になります。
精神科医は、科学的な知見をもとにしながらも、患者さんの言葉や想いに耳を傾け、その人らしい道を一緒に探していく存在です。その対話の積み重ねのなかにこそ、精神科医療の本当の力が宿っているのではないでしょうか。
ひだまりこころクリニック名駅エスカ院は名古屋駅から徒歩1分の心療内科,精神科,メンタルクリニックです。お気軽にご相談くださいませ。
野村紀夫 監修
医療法人 山陽会 ひだまりこころクリニック 理事長 / 名古屋大学医学部卒業
保有資格 / 精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医、日本精神神経学会 指導医、認知症サポート医など
所属学会 / 日本精神神経学会、日本心療内科学会、日本うつ病学会、日本認知症学会など
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